簡単にわかる日本の建築の歴史パート4
こんにちは、HaleNoaです(*^-^*)
年々一年がはやく感じる今日💦
来月で2018年も終わりますね。
早かったー!(*’ω’*)
ちょっと早い気もしますがおすすめのおせちを知ってます(#^^#)
松江市の西川津町のヴィーナスガーデン内にある「食堂 晴レ」のおせちです。
普段はお弁当やイートインができる洋食屋さんです。
お料理がどれもこれもおいしくて一度行ったら病みつきになっちゃうくらいはまります。
そこが去年から出しているおせちもまた絶品でした!!
是非是非行ってみてくださいね(*’ω’*)
本日の癒しの一枚ですが、セブ島の「カワサンの滝」です!
どうですか?
最初私も写真でみたことはあったのですが、ほんとにバスクリンを入れたみたい色なんです!!
これにはビックリ!(^^)!
私はできませんでしたが、高台からダイブなんかもできるので、好きな方は是非!!(笑)
さて、本日は簡単にわかる日本建築の歴史の最終話です!
幕末には、外国との交流が盛んになり中国や朝鮮だけではなく西洋の文化に影響されるようになりました。
外国人向けの住居や教会なども建設されるようになり、急激に建築物は成長していきました。
生活様式や文明などが変化したことからこの時代のことを「文明開化」と呼んでいます。
それぐらい急速に変化したのです。
建築物だけでなく、人々は着物から洋服を着る人が増えてきた他、建築に利用する資材なども変化したことから建築には大きな影響を与えました。
西洋建築で大きく変化したものは「資材」
今までの建築で多く使用されていたものと言えば、木なので木造建築が主流でした。
ですが、西洋の建築で用いられているものはレンガや石材が多いのが特徴です。
さらに明治になった当初日本は近代化に力を入れていたため、西洋の技術を習得するために、指導者などを招いていたほどです。
建築物の進化で失われたものもある
急激な西洋建築の取り入れにより、木造建築の時に比べて圧倒的に近代化が進んだものの、それによりこの頃の建築物からはあるものが失われてしまったと評価している人が多いです。
それは、日本人らしい芸術性や美術性です。
中世日本や近世日本で取り入れられていた華やかで美しいという印象は薄れてしまったのです。
当時から耐震性にはこだわっていた
様々な建築物を急速に建てたのはよいものの、地震や自然災害などによる被害がでたことで、日本独自の耐震技術が急激に成長しました。
その技術の発展は現代建築の中にも取り入れられているだけでなく、今もなお成長中といえるでしょう。
第一次大戦後に急成長
日露戦争後、第一次大戦が行われ建築物も共に大きなダメージを受けることとなりました。
そのダメージを復旧させるために使用されたのが鉄筋コンクリートです。
この鉄筋コンクリートが主流になったことで、災害に対する構造の研究がぐっと前に進みました。
モダニズム建築と呼ばれ経済成長と共に建築物も成長しました。
その後は、超高層時代へと変化し大きな建築物が増えて現在に至ります。
現代建築には昔からの技術が生かされている
今回は、文明開化からの現代建築までの道のりをご紹介しましたがいかがでしたでしょうか。
日本の建築技術が他の国に認められるまでには膨大な時間がかかってしまった理由もよくわかるでしょう。
そして、重視されなくなってしまった日本の芸術性・美術性ですが現在はむしろそういったものを取り入れている建物も多いです。
今後も、日本の美しい情景を残しながら成長してほしいものです。
「HaleNoaってどんな家建てるの? vol.62」
ナチュラルカラーの木と白を基調としたシンプルモダンスタイルの光差し込むLDK空間。
HaleNoa project 設計士
vol.62 隅切りの家(LDK)
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